バルサの背番号22には、はっきりとした「前」と「後」がある。
かつてこの番号は、地元で「dorsal gafe」——幸運をもたらさない番号と呼ばれていた。着けた選手が定着せず、期待に届かないことが続いたからだ。
それを根底から変えたのがエリック・アビダルである。肝臓の腫瘍、そして肝移植。二度の闘病を乗り越えた彼が2011年ウェンブリーで最初にビッグイヤーを掲げたとき、22番の意味は完全に書き換わった。
そもそもバルサにとって「22番」とは?
背番号22は、12番以降の「控え番号」帯のなかでは上位に入る番号だ。バルサの22番には2つの顔がある。
ひとつは右サイドバック系の守備者——ライジハー、ダニ・アウベス、アレイシュ・ビダル、エメルソン・ロイヤル。もうひとつが下部組織から昇格した若手や新加入選手の「お披露目番号」だ。アンス・ファティ、ミンゲサ、ラフィーニャ、ギュンドアン、そして現在のマルク・ベルナルがこれにあたる。
後者が多いのには理由がある。ラ・リーガではトップチーム登録選手は1〜25番しか使えない。Bチームから正式に昇格する選手には、そのとき空いている番号が回される。22番はその「受け皿」になりやすい位置にあるのだ。
※ラ・リーガで固定背番号制が導入されたのは1995-96シーズンから。それ以前は先発11人が1〜11番を着ける方式で、そもそも12番以降が存在しませんでした。したがって22番に「固定制以前の歴代着用者」は存在しません。
バルサ歴代22番 一覧
固定番号制以降、22番を背負ってきた顔ぶれがこちら。
| 着用時期 | 選手名 | 国籍 | ポジション | 備考 |
|---|---|---|---|---|
| 1995-96 | フレン・ロペテギ | スペイン | GK | 22番の初代。のちスペイン代表監督 |
| 1996-97 | ロベルト・プロシネチキ | クロアチア | MF | 前季は21番。冬にセビージャへ |
| 1997-98 | ミカエル・ライジハー | オランダ | 右SB | のち2番へ定着 |
| 1998-99 | サミュエル・オクノウォ | ナイジェリア | DF | 出場は僅少 |
| 1999-2000 | フランク・デ・ブール | オランダ | CB | 主力CB。翌季から別番号 |
| 2000-01 | (空位) | — | — | 登録者なし |
| 2001-02〜2002-03 | ジオヴァンニ | ブラジル | MF/FW | — |
| 2003-04 | ルイス・ガルシア | スペイン | MF/FW | 翌年リバプールへ |
| 2004-05 | デメトリオ・アルベルティーニ | イタリア | MF | 現役最後の半年。リーガ優勝 |
| 2005-06 | (空位) | — | — | CL制覇シーズンだが登録者なし |
| 2006-07 | ハビエル・サビオラ | アルゼンチン | FW | レンタルから復帰した1年 |
| 2007-08〜2012-13 | エリック・アビダル | フランス | 左SB/CB | 6シーズン。22番の象徴 |
| 2013-14〜2014-15 | ダニ・アウベス | ブラジル | 右SB | アビダルへの敬意で2番から変更 |
| 2015-16〜2017-18 | アレイシュ・ビダル | スペイン | ウイング/右SB | 約63試合4ゴール |
| 2018-19〜2019-20 | アルトゥーロ・ビダル | チリ | MF | 96試合11ゴール |
| 2020-21 | アンス・ファティ | スペイン | FW | 31番から昇格。翌季10番へ |
| 2021-22 | エメルソン・ロイヤル → ミンゲサ | ブラジル/スペイン | DF | 開幕直後に売却され交代 |
| 2022-23 | ラフィーニャ | ブラジル | ウイング | 加入初年度のみ。翌季11番へ |
| 2023-24 | イルカイ・ギュンドアン | ドイツ | MF | 古巣ニュルンベルクへの敬意 |
| 2024-25 | (空位) | — | — | 誰にも割り当てられず |
| 2025-26〜現在 | マルク・ベルナル | スペイン | 守備的MF | ラ・マシア育ち。28番から変更 |
※記録は各シーズンの登録スカッドで確認(2026年8月時点)。
バルカ初代がロペテギって知ってた?あのスペイン代表監督だった人だよ。しかもGKとして22番。この番号、スタートからちょっと変わってるんだよね。
「幸運をもたらさない番号」と呼ばれていた時代
アビダル以前の22番を並べると、地元で「dorsal gafe(ジンクス番号)」と言われた理由が見えてくる。
初代のフレン・ロペテギは控えゴールキーパー。次のプロシネチキは、前年に21番を着けていたが、ルイス・エンリケの加入で21番を明け渡し22番へ移動。そしてそのシーズンの冬にセビージャへ去った。
その後もサミュエル・オクノウォは出場僅少、ルイス・ガルシアは翌年リバプールへ、アルベルティーニは現役最後の半年だけ。さらに2000-01と2005-06は着用者そのものがいない。とくに2005-06はロナウジーニョとエトーでチャンピオンズリーグを制した年で、その栄光を22番は空席のまま通り過ぎている。
プロシネチキが最初に着けていた21番の物語はこちらで。


エリック・アビダル(2007〜2013):番号の意味を書き換えた男
フランス代表/左SB・CB
6シーズン。リーガ4回・CL2回
2007年6月、エリック・アビダルがリヨンから加入した。移籍金はクラブ公式とUEFAの表記で1,500万ユーロ(報道によっては900万〜1,400万ユーロとされる)。
彼がリヨンで着けていたのは20番だったが、当時のバルサではデコのものだった。そこで渡されたのが22番である。
加入するとすぐ左サイドバックのレギュラーに定着。2008-09の史上初の三冠で堅実な守備を支え、欠かせないピースとなった。20番の物語はこちらで。


2011年3月、肝臓に腫瘍が見つかる
2011年3月15日、アビダルの肝臓に腫瘍が見つかったと発表された。すぐに手術が行われ、シーズン中の復帰は絶望的だと誰もが思った。
ところが手術からわずか72日後の5月28日、彼はウェンブリーのピッチに立っていた。チャンピオンズリーグ決勝、対マンチェスター・ユナイテッド。しかもフル出場だった。
試合は3-1でバルサの勝利。そして、この夜の本当のクライマックスはその後に訪れる。
プジョルが差し出したキャプテンマーク
表彰式の直前、キャプテンのカルレス・プジョルが自分の腕からキャプテンマークを外し、アビダルの腕に着けた。そして最初にトロフィーを掲げる役目を譲ったのだ。
のちにプジョルはこう語っている。
エリックがアームバンドを受け取るのは当然だと分かっていた。あれほどの闘いの末、誰よりも最初にカップを掲げるにふさわしかった。このアイデアは決勝の数週間前から考えていた。シャビが「お前が掲げろ」と言った瞬間、何をすべきか即座に分かったんだ。
アビダル自身の言葉も残っている。
大きなジェスチャーだった。時が止まったようで、満員のスタジアムに独りでいるように感じた。今は彼がしてくれたことに、心から感謝している。
アビダルはFIFAのインタビューで、この演出を「プジョルとペップ・グアルディオラが、当時のキャプテン陣——メッシ、イニエスタ、シャビ、ビクトル・バルデス——と一緒に提案してくれた」とも明かしている。チーム全員で決めたことだったのだ。



この場面、何度見ても泣ける。しかもプジョルが数週間前から考えてたっていうのがすごい。優勝する前提で、誰が最初にカップを掲げるかを準備してたんだよ。
プジョルが背負ったキャプテンの系譜はこちらで。


カンプ・ノウの「22分の拍手」
だが物語は終わらなかった。2012年3月、腫瘍が再発。今度はいとこのジェラールをドナーとする肝移植が必要だった。
このとき、カンプ・ノウのファンが始めたことがある。毎試合、22分になると全員が立ち上がって拍手を送るのだ。彼の背番号にちなんだ、無言のエールだった。
背番号そのものが、応援の合図になった。バルサの歴史でも、これほど番号が愛された例はそう多くない。
アビダルは2013年3月にバルサBで復帰し、4月に1軍へ。だが契約は更新されず、2013年5月30日、涙の会見で退団した。バルサ通算は193試合2ゴール(クラブの選手データベースでは218試合と表記され、数字に食い違いがある)。獲得タイトルはリーガ4回、チャンピオンズリーグ2回、コパ2回ほか多数だ。
ダニ・アウベス(2013〜2015):「2」にもうひとつ「2」を足した
ブラジル代表/右サイドバック
2番から22番へ。2014-15の三冠
アビダルが去った2013年夏、その番号を受け取ったのがダニ・アウベスだった。
当時のアウベスは、右サイドバックの伝統である2番を4シーズン背負っていた。すでに彼の代名詞になっていた番号だ。それを彼は自ら手放し、2にもうひとつ2を足して22番にした。
理由は、去っていくアビダルへの敬意である。クラブ公式も2013-14の背番号発表で「アウベスは前任者エリック・アビダルへの敬意から22番を取る」と明言した。空いた2番はモントーヤが継いでいる。
アウベスは、アビダルの闘病中に自らの肝臓の一部を提供すると申し出たとも伝えられる盟友だった。番号の変更は、その関係の延長にあった。
これに対してアビダルは、こう返している。
ダニ。心遣いに感謝する。君は友以上の存在だ。このユニフォームを楽しんでくれ。Visca Dani Alves。EA22
「EA22」——自分のイニシャルと背番号を並べた署名だった。
そしてアウベスは2014-15シーズン、22番でクラブ史上2度目の三冠を達成する。アビダルが2008-09の三冠を22番で戦い、アウベスが2014-15の三冠を22番で戦った——バルサの2度のトレブルは、どちらも22番とともにあったことになる。2番の物語はこちらで。





「2番に2を足して22番」って発想がもう最高。しかもそれをアビダルが「君は友以上の存在だ」って受け止める。番号ってこういう使い方ができるんだね。
お披露目番号としての22番(2015〜2024)
アウベスが2015年に6番へ移ると、22番は「加入・昇格初年度の番号」という性格を強めていく。
アレイシュ・ビダル(2015-16〜2017-18)は移籍制裁で半年間出場できず、3シーズンで約63試合4ゴール。アルトゥーロ・ビダル(2018-19〜2019-20)は96試合11ゴールで、2018-19のリーガ優勝を経験した。
アンス・ファティの「31→22→10」
2020-21の22番はアンス・ファティ。それまでBチーム枠の31番だった彼が、1軍昇格とともに22番を受け取った。
そして翌シーズン、メッシの退団を受けて10番へ。22番はその途中にある1年だったことになる。10番の物語はこちらで。


1シーズンに2人いた年
2021-22は少し特殊だ。エメルソン・ロイヤルが22番で開幕を迎えたが、8月31日にトッテナムへ売却。空いた22番をオスカル・ミンゲサが引き継いだ。1シーズンで2人の22番がいた年である。
ラフィーニャとギュンドアン
ラフィーニャ(2022-23)も加入初年度は22番だった。翌シーズンから11番へ移り、現在はその番号でプレーしている。11番の物語はこちらで。


イルカイ・ギュンドアン(2023-24)の22番には、少し違う理由がある。彼の本来の番号は8番だが、バルサの8番はペドリのものだった。そこで選んだのが、古巣ニュルンベルク時代(2009〜2011)に着けていた22番である。8番の物語はこちらで。


そして2024-25シーズン、22番は誰にも割り当てられなかった。
マルク・ベルナル(2025〜):383日後に戻ってきた22番
スペイン/守備的MF
2007年生まれ。身長1.93m
現在の22番がマルク・ベルナルだ。
2007年5月26日、バルセロナ県ベルガ生まれ。6歳でラ・マシア入りし、身長1.93mという体格を持つ守備的ミッドフィルダーである。
デビューから10日後の悲劇
2024年8月17日、17歳でリーガデビュー(バレンシア戦、2-1)。堂々たる内容で一気に評価を高めた。
ところがその10日後の8月27日、ラヨ・バジェカーノ戦の終盤に左ひざの前十字じん帯を断裂。長期離脱が決まった。
この試合、ベルナルはパス成功率92.5%(160本中148本)という驚異的な数字を残していた。ハンジ・フリック監督は試合後こう語っている。
勝ったのに悲しい勝利だ。マルク・ベルナルが負傷した……17歳であれほどのプレーを見せた。心が痛む。
そして22番へ
2024-25シーズンは28番のままリハビリに費やした。転機は2025年8月末、移籍市場の最終盤。エクトル・フォルトのエルチェへのレンタルで1軍の登録枠が空き、ベルナルが正式にトップチーム登録された。
そのとき彼が選んだのが22番である。2025年9月14日、バレンシア戦(6-0)で383日ぶりに復帰を果たした。
直近の22番がラフィーニャやギュンドアンといった攻撃的な選手だったのに対し、ベルナルは守備的ミッドフィルダー。地元メディアは彼を「アビダルの系譜に近い」と位置づけている。ラ・マシアの物語はこちらで。


📊 分析:バルサの22番はどんな番号か
①三冠2回、どちらにも22番がいた
19番が三冠2回とも空位だったのとは対照的に、22番は両方に主力として関わっている。
| シーズン | 達成 | そのときの22番 | 役割 |
|---|---|---|---|
| 2008-09 | 史上初の三冠 | エリック・アビダル | 左SBのレギュラー |
| 2010-11 | CL制覇 | エリック・アビダル | 手術72日後に決勝フル出場 |
| 2014-15 | 2度目の三冠 | ダニ・アウベス | 右SBのレギュラー |
| 2005-06 | CL制覇 | 空位 | — |
しかもアビダルとアウベスは、番号を受け渡した当人同士である。三冠から三冠へ、番号が友情とともに引き継がれた形だ。19番の物語はこちらで。


②「1〜25番の壁」が生む昇格の受け皿
22番に若手の昇格組が多いのは、制度上の理由が大きい。ラ・リーガではトップチーム登録は1〜25番と決まっており、Bチームの26番以降を着けていた選手が正式昇格するとき、番号を変えざるを得ない。
アンス・ファティは31番から、マルク・ベルナルは28番から22番へ移っている。22番は「1軍の入口」として機能してきたのだ。
③ダニ・アウベスはバルサで5つの番号を着けた
番号の話でもうひとつ面白いのが、ダニ・アウベスの遍歴だ。
| 時期 | 番号 | きっかけ |
|---|---|---|
| 2008-09 | 20番 | 加入初年度 |
| 2009-10〜2012-13 | 2番 | 右SBの伝統番号へ |
| 2013-14〜2014-15 | 22番 | アビダルへの敬意 |
| 2015-16 | 6番 | シャビの退団で空いた番号へ |
| 2021-22(復帰後) | 8番 | 2022年の電撃復帰時 |
ひとつのクラブで5つの番号——これはバルサ史でもきわめて珍しい。しかもそのうち3つ(2番・6番・8番)が伝統的な一桁番号である。6番の物語はこちらで。


通信簿:ジンクスから、最も物語のある番号へ
アビダル以前の22番は、正直に言えば見どころが少ない。空位が2シーズン、短期で去った選手が大半だった。
だがアビダルの6年間が、この番号を完全に別物にした。手術72日後の決勝フル出場、プジョルのアームバンド、カンプ・ノウの22分の拍手、そしてアウベスへの継承。数字の積み上げではなく、人間の物語で語られる番号——それがバルサの22番だ。
💡 22番の意外な事実
1. 初代22番はスペイン代表監督になった
1995-96に22番を着けたフレン・ロペテギは控えゴールキーパーだった。のちにスペイン代表監督を務め、レアル・マドリード、セビージャなどでも指揮を執っている。
2. プロシネチキは21番から22番へ移った
1995-96に21番だった彼は、ルイス・エンリケの加入で21番を明け渡し、1996-97に22番へ。そしてその冬にセビージャへ去った。
3. バルサの三冠2回は、どちらも22番とともにあった
2008-09はアビダル、2014-15はアウベス。しかもこの2人は、22番を直接受け渡した間柄である。
4. ギュンドアンの22番は古巣への敬意
本来8番の選手だが、バルサの8番はペドリのもの。そこでニュルンベルク時代に着けていた22番を選んだ。
5. 1シーズンに22番が2人いた年がある
2021-22は、エメルソン・ロイヤルが開幕直後にトッテナムへ売却されたため、シーズン途中でミンゲサが22番を引き継いだ。
❓ よくある質問
Q. 現在のバルサの22番は誰?
A. マルク・ベルナル(スペイン/守備的ミッドフィルダー)。ラ・マシア育ちで、2025年8月に28番から22番へ変更した。2026-27シーズンの公式スカッドでも22番だ。
Q. アビダルはなぜ22番だったの?
A. 加入時(2007年)、リヨンで着けていた20番がデコのものだったから。代わりに与えられたのが22番だった。結果的に、この番号は彼の代名詞になった。
Q. 2011年のCL決勝でアビダルがトロフィーを掲げたのはなぜ?
A. 肝臓腫瘍の手術からわずか72日で決勝にフル出場した彼を称え、キャプテンのプジョルがキャプテンマークを譲ったため。プジョルは決勝の数週間前からこの演出を考えており、ペップ・グアルディオラや当時のキャプテン陣とも相談していたという。
Q. ダニ・アウベスはなぜ2番から22番に変えたの?
A. 退団するアビダルへの敬意から。2番にもうひとつ2を足す形で22番にした。アビダルは「君は友以上の存在だ。このユニフォームを楽しんでくれ。Visca Dani Alves。EA22」と公に感謝を伝えている。
Q. 22番が空位だったシーズンは?
A. 2000-01、2005-06、2024-25の3シーズン。とくに2005-06はチャンピオンズリーグを制した年で、その栄光を22番は空席のまま迎えている。
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アウベスが着けた2番、そしてプロシネチキが最初に背負った21番はこちら。




三冠2回とも空位だった19番、アウベスが加入初年度に着けた20番もどうぞ。




ほかの番号の物語はこちら。


現在のチームの背番号やスタッツは、選手名鑑でチェック。


「幸運をもたらさない番号」と呼ばれた22番は、ひとりの選手の闘いによって、クラブで最も愛される番号のひとつに変わった。カンプ・ノウが22分に立ち上がったあの光景を知っていれば、この番号を軽く扱うことはできない。数字は、背負う人間で意味が変わる。22番はそれを証明した番号だ。
Visca el Barça!Vamos Blaugrana!!







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