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FCバルセロナのエンブレム完全解説

カンプ・ノウの外壁にも、選手のユニフォームの胸にも、必ずそこにある盾のマーク。FCバルセロナのエンブレムには、カタルーニャの歴史・宗教・クラブの歩みが何層にも重ねられている。この記事では、あの盾に詰まった120年以上の物語を、要素ごとに分解しながら解説する。

先に断っておくと、エンブレムの由来には「伝説」と「史実」が入り混じっているジャンルでもある。この記事では、確定している事実と、あくまで伝説・諸説にとどまる話を、はっきり分けて書いていく。

📌 実物のエンブレムはFCバルセロナ公式サイトで見ることができる:The Barça crest(公式サイト内)

目次

🔍 エンブレムを3つの要素に分解する

現在のエンブレムは、大きく3つのパーツで構成されている。上段が「聖ジョルディ十字」と「カタルーニャ旗(セニェーラ)」、中央に「FCB」の文字、下段に「ブラウグラナの縦縞とボール」。それぞれの意味を見ていこう。

聖ジョルディ十字カタルーニャ旗ブラウグラナ縦縞

※上図は各要素を単体で示した自作イメージ図です(公式エンブレム本体の画像ではありません)。

① 聖ジョルディ十字

エンブレム左上にある赤十字は、サン・ジョルディ(聖ジョルジ)を表す十字だ。サン・ジョルディはカタルーニャの守護聖人で、毎年4月23日の「サン・ジョルディの日」はカタルーニャで本とバラを贈り合う特別な記念日として親しまれている。この十字はバルセロナ市の紋章にも使われており、クラブが「バルセロナという街の代表」であることを示す意匠でもある。

② カタルーニャ旗(セニェーラ)と「4本の赤い線」の伝説

右上の黄色地に赤の縞模様は、カタルーニャの旗「セニェーラ」そのものだ。この旗にまつわる有名な逸話に、ギフレ1世(毛深きギフレ)伝説がある。9世紀、戦いで深手を負ったギフレ伯の血を、フランク王が指で黄金の盾になすりつけ、4本の赤い線を残した——という「血染めの4本指」の物語だ。

ただしこれはあくまで伝説であり、史実として確認されているわけではない。実際にセニェーラの意匠が文献上確認できるのは12世紀半ば(1150年頃、ラモン・バランゲー4世の印章)で、ギフレ1世の時代(9世紀)とは大きく時代が離れている。この伝説自体も16世紀ごろに広まったとされ、歴史学的には創作の色が強いという見方が有力だ。

③ ブラウグラナ(青と赤)の由来

下段の縦縞は、クラブカラーである「ブラウグラナ」(カタルーニャ語で青×栗色)。実はこの色の由来、公式記録が残っておらず、はっきりしたことは分かっていない。

有力な説のひとつが、創設者ジョアン・ガンペールがスイスでプレーしていた「FCバーゼル」への敬意から取り入れたという説。ガンペールは移籍前にバーゼルやヴィンタートゥールで試合に出た記録があるとされる。ただし、バーゼルの赤とバルサのガーネット(栗色)は厳密には同じ色調ではなく、この説にも異論がある。

もうひとつの説は、共同創設者ウィッティ兄弟の母校(イギリス・クロスビーのマーチャント・テイラーズ校)のスクールカラーを採用したというもの。どちらも「有力な説のひとつ」にとどまり、1899年の創設時の記録に色の由来を明記したものは残っていない。諸説あることを踏まえて楽しむのが正解だろう。

④ 「FCB」の文字とボール

中央の帯には「FCB」の文字が入る。現在の書体は2002年の意匠見直しで、それまでピリオド付きだった「F.C.B.」からピリオドを省いた、よりシンプルなデザインに整理された。下段には青地に赤い線の入ったボールが描かれ、これは創設当時の選手たちのユニフォームカラーを表しているとされる。

📜 エンブレムの歴史

創設期(1899年):バルセロナ市の紋章を使用

1899年の創設当初、クラブは独自のエンブレムを持っていなかった。使われていたのは、アラゴン王冠と「ジャウメ王のコウモリ」をあしらった、菱形の紋章。月桂樹とヤシの葉の枝で囲まれたこのデザインは、バルセロナ市の紋章に準じたもので、クラブが「街の代表」であることを示す狙いがあったとされる。

1910年:会員公募デザインが現在の原型に

1910年、クラブは会員の中からエンブレムデザインを公募した。優勝したのは、当時クラブでプレーしながら医学生でもあり、アマチュア画家でもあったカルレス・コママラ。彼のデザインが、聖ジョルディ十字とカタルーニャ旗を上段に、ブラウグラナの縦縞とボールを下段に配置する、現在まで続くエンブレムの骨格となった。以降100年以上、細部の意匠変更はあってもこの基本構成は変わっていない。

フランコ独裁時代:カタルーニャ色の弾圧と復活

フランコ独裁政権下(1939〜1975年)では、カタルーニャ語やカタルーニャの旗など地域色を示すものが厳しく制限された時代があった。エンブレムの文字表記も「FCB」から「CFB」へ変更され、カタルーニャ旗の縞の一部が削られるなど、政治的圧力による改変を余儀なくされている。

転機は1949年、クラブ創設50周年のタイミングでカタルーニャ旗の縞が元の形に戻された。その後、独裁体制の終盤にあたる1974年前後には文字表記も「FCB」に復帰し、エンブレムは徐々に本来のアイデンティティを取り戻していった。

2002年:現行デザインへ整理

直近の大きな意匠変更は2002年。「F.C.B.」の文字からピリオドを省き、よりすっきりした現行の書体に整理された。これが現在私たちが目にしているエンブレムだ。

🗓️ エンブレム変遷 早見表

ここまでの変遷を年表にまとめた。実際の見た目を確認したい方は、後述のFCバルセロナ公式サイトのリンクを参照してほしい。

年代主な変更点
1899〜1910年バルセロナ市の紋章に準じた菱形デザイン(アラゴン王冠・ジャウメ王のコウモリ・月桂樹とヤシの枝)
1910年会員公募デザインでカルレス・コママラ案が採用。聖ジョルディ十字+カタルーニャ旗+「FCB」の盾形が確立
1910〜1930年代ボールの意匠など細部の微調整が断続的に行われる
1939〜1949年頃フランコ独裁下で「FCB」→「CFB」に変更、カタルーニャ旗の縞も一部削減
1949年クラブ創設50周年でカタルーニャ旗の縞が復活
1974年頃「FCB」の文字表記が復活
2002年「F.C.B.」からピリオドを省いた現行の書体に整理

※出典:FCバルセロナ公式サイト「The Barça crest」および football-emblem.com「バルセロナ」ページの記述を突き合わせて作成。資料によって細部の記述に幅がある箇所は、より具体的な記述を優先した。

📸 実物のエンブレムを見てみる

筆者私物のユニフォーム2着から、実際のエンブレム部分を接写してみた。同じデザインでも、仕立て方にはっきり違いが見える。

筆者私物のオーセンティックユニフォームより。ツヤのある一体成型(樹脂・シリコン風)仕上げで、生地に直接ボンディングされている。
筆者私物のオーセンティックユニフォームより。ツヤのある一体成型(樹脂・シリコン風)仕上げで、生地に直接ボンディングされている。
筆者私物のレプリカユニフォームより。刺繍でふちどられた伝統的なワッペン仕立てになっている。
筆者私物のレプリカユニフォームより。刺繍でふちどられた伝統的なワッペン仕立てになっている。

面白いのは、「オーセン=刺繍で立体的」「レプリカ=プリントで平面的」という単純な図式が、この2着ではむしろだったこと。手元のオーセンティックはツヤのある一体成型(ボンディング)仕様、レプリカの方が伝統的な刺繍のワッペンだった。仕立て方は年式やモデルによっても変わるので、「オーセン/レプリカ=必ずこの仕立て」と決めつけず、あくまで参考程度に見てほしい。

オーセンとレプリカの違いをもっと詳しく知りたい人は、下記の記事でさらに詳しく解説している。

バルカ

個人的に面白いなと思うのは、エンブレムの「聖ジョルディ十字」って、実はイングランドの国旗(セント・ジョージ・クロス)と同じモチーフなんだよね。サン・ジョルディはイングランドとカタルーニャ、両方の守護聖人だから。同じ聖人が全然違う国のシンボルになってるの、ちょっと不思議で好きなポイント。

🔗 あわせて読みたい

エンブレムだけでなく、クラブを彩ってきた「意匠」の歴史をさらに深掘りしたい人はこちらもどうぞ。

聖ジョルディ十字、カタルーニャ旗、ブラウグラナの縦縞——3つの要素が重なり合ったあの盾には、伝説と史実、弾圧と復権、120年を超える歴史が刻まれている。次にエンブレムを目にするとき、その意味を少しでも思い出してもらえたら嬉しい。

Visca el Barça!Vamos Blaugrana!!

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