※本記事にはアフィリエイト広告(U-NEXT・WOWOW)が含まれます。
※本ページの情報は2026年10月6日時点のものです。監督の顔ぶれと在任期間はクラブ公式の歴代監督一覧、公式戦の成績(試合・勝・分・敗)はTransfermarktの記録にもとづきます。
FCバルセロナのトップチームを率いた監督は、クラブ公式の一覧で61人いる。そのなかで、クラブの歴史を変えたと言える監督を5人選ぶなら、筆者は次の5人を挙げる。
| 監督 | 在任 | なぜこの人か(数字) |
|---|---|---|
| ヨハン・クライフ | 1988–96 | 勝利数241は歴代1位。クラブ初の欧州制覇(1992年)とリーガ4連覇。いまのバルサのサッカーの原点 |
| フランク・ライカールト | 2003–08 | 低迷期のクラブを立て直し、14年ぶりの欧州制覇(2006年)。勝利数は歴代3位 |
| ジョゼップ・グアルディオラ | 2008–12 | タイトル14は歴代1位。勝率72.5%。2009年の6冠 |
| ルイス・エンリケ | 2014–17 | MSNで2度目の3冠(2015年)。勝率76.2%は歴代2位 |
| ハンジ・フリック | 2024–(在任中) | 勝率76.8%は現時点で歴代1位。2年でリーガ2回を含む5タイトル |
※成績は公式戦(リーガ・欧州カップ戦・コパ・スーペルコパなど)。勝率は公式戦50試合以上を指揮した監督で比べています。
バルカ並べてみると、クライフが作った考え方を、その教え子たちが形を変えて受け継いでいるのが分かる。フリックがその流れのどこに入るのか、いちばん気になるところだと思う。
数字で見る歴代監督ランキング
まずは読者がいちばん知りたいはずの数字から。条件をそろえるため、勝率は公式戦50試合以上を指揮した28人で比べている(複数回就任した監督は合計。1941年より前の監督は試合ごとの記録が残っていないため対象外)。
勝率トップ3
| 順位 | 監督 | 公式戦 | 勝率 |
|---|---|---|---|
| 1 | ハンジ・フリック | 125試合96勝 | 76.8% |
| 2 | ルイス・エンリケ | 181試合138勝 | 76.2% |
| 3 | ジョゼップ・グアルディオラ | 247試合179勝 | 72.5% |
現役のフリックが76.8%で1位(2026年10月6日時点)。2位のルイス・エンリケとはわずか0.6ポイント差で、シーズンが進むにつれて入れ替わる可能性は十分にある。3位のグアルディオラは247試合という長い期間でこの数字を残した。
勝利数トップ3
| 順位 | 監督 | 勝利数 | 公式戦 |
|---|---|---|---|
| 1 | ヨハン・クライフ | 241勝 | 418試合 |
| 2 | ジョゼップ・グアルディオラ | 179勝 | 247試合 |
| 3 | フランク・ライカールト | 159勝 | 272試合 |
勝利数は在任の長さがそのまま効く。クライフは8シーズンで418試合を指揮した。フリックは96勝で現在9位(2026年10月6日時点)。
タイトル数トップ3
| 順位 | 監督 | タイトル | 主な内訳 |
|---|---|---|---|
| 1 | ジョゼップ・グアルディオラ | 14 | リーガ×3、CL×2、コパ×2、スーペルコパ×3、UEFAスーパーカップ×2、クラブW杯×2 |
| 2 | ヨハン・クライフ | 11 | リーガ×4、欧州チャンピオンズカップ、カップウィナーズ杯、コパ、スーペルコパ×3、UEFAスーパーカップ |
| 3 | ルイス・エンリケ | 9 | リーガ×2、コパ×3、CL、スーペルコパ、UEFAスーパーカップ、クラブW杯 |
4位は1950年代のフェルディナント・ダウチク(8)。フリックは5でライカールトと並ぶ5位タイ(2026年10月6日時点)。
指揮した試合数トップ3
| 順位 | 監督 | 公式戦 |
|---|---|---|
| 1 | ヨハン・クライフ | 418試合 |
| 2 | フランク・ライカールト | 272試合 |
| 3 | リヌス・ミケルス | 267試合 |
2位のライカールトと3位のリヌス・ミケルスは、どちらもオランダ人。クライフを含めると、試合数の上位3人のうち2人がオランダ人で、クラブとオランダのつながりの深さが数字にも出ている。
勝率ワースト3(公式戦50試合以上)
| 監督 | 公式戦 | 勝率 | |
|---|---|---|---|
| 1 | カルレス・レシャック | 76試合37勝 | 48.7% |
| 2 | リョレンス・セラ・フェレール | 51試合25勝 | 49.0% |
| 3 | サルバドール・アルティガス | 87試合44勝 | 50.6% |
3人とも、クラブが大きく揺れていた時期に指揮を執っている。数字だけで評価するのは公平ではない。
- カルレス・レシャック(48.7%):数字には監督が急に不在になったときの暫定登板が含まれている。正式に指揮した2001-02は、ファン・ハール退任後の過渡期のなかでチャンピオンズリーグ準決勝まで進んだ
- リョレンス・セラ・フェレール(49.0%):2000-01、ファン・ハールの後を受けて就任。チャンピオンズリーグは1次リーグで敗退し、シーズン途中でレシャックに交代した。クラブが成績・財政の両面で苦しんでいた時期
- サルバドール・アルティガス(50.6%):1967〜69年。この時代のリーガはレアル・マドリードが優勝を重ねていた。それでも1968年にはコパを制している
ちなみに「トータルフットボールの父」リヌス・ミケルスも、勝率は50.9%。1974年のリーガ優勝で歴史に名を残したが、勝率だけ見れば50%台前半だった。時代によって、勝つことの難しさがまるで違ったことが分かる。
※成績はTransfermarktの各監督の指揮記録(公式戦)。クラブ公式・他の資料とは、集計する大会の範囲や暫定監督の扱いで数試合ずれることがあります。
時代でたどる歴代監督
クライフ以前|名将と過渡期をくり返した時代(〜1988年)
記録に残る最初の監督は1912年のビリー・ランブ。1913年からはジャック・グリーンウェルが選手兼監督として約10年指揮を執り、クラブ初の長期政権を築いた。1929年にはリーガが始まり、その最初のシーズンにバルサが優勝している。
👔 フェルディナント・ダウチク(1950–54)
成績:149試合 89勝19分41敗(勝率59.7%)
タイトル:リーガ×2、コパ×3、ラテンカップ、エバ・ドゥアルテ杯×2
どんなサッカー:義弟にあたる天才FWラディスラオ・クバラを軸にした攻撃
象徴的な一戦:1951-52シーズンに5つのタイトルを獲った「5つのカップのバルサ」
その後:—
就任した1950年からの4年でタイトル8。タイトル数では今も歴代4位に入る。
👔 エレニオ・エレーラ(1958–60/1980/1980–81)
成績:143試合 101勝20分22敗(勝率70.6%)
タイトル:リーガ×2、コパ(1959)
どんなサッカー:「エル・マゴ(魔術師)」。ワンタッチでつなぐ攻撃で欧州を驚かせた
象徴的な一戦:第1期にリーガ2連覇(1959・1960)
その後:インテルで欧州チャンピオンズカップ連覇(1964・1965)。1980〜81年にバルサへ再登板
第1期だけなら94試合で勝率75.5%と、フリック・ルイス・エンリケに迫る数字だった。
👔 リヌス・ミケルス(1971–75/1976–78)
成績:267試合 136勝67分64敗(勝率50.9%)
タイトル:リーガ(1974)、コパ(1978)
どんなサッカー:「トータルフットボールの父」。ポジションにとらわれない攻撃的な哲学
象徴的な一戦:1973年夏に教え子のクライフが加入し、1974年に14年ぶりのリーガ優勝
その後:オランダ代表で1974年W杯準優勝、1988年欧州選手権優勝
1980年代は、ウド・ラテック(カップウィナーズ杯)、セサル・ルイス・メノッティ(コパ)、テリー・ベナブルス(1985年のリーガ優勝、1986年の欧州チャンピオンズカップ決勝進出)と、実績のある監督がタイトルを持ち帰りながらも、長くは続かない時代だった。
ドリームチーム|クライフが「バルサのサッカー」を作った(1988〜96年)
👔 ヨハン・クライフ(1988–96)
成績:418試合 241勝94分83敗(勝率57.7%)
タイトル:リーガ×4、欧州チャンピオンズカップ、カップウィナーズ杯ほか(計11)
どんなサッカー:ボールを持ち、ピッチを広く使って攻める。いまのバルサのサッカーの原点
象徴的な一戦:1992年、ウェンブリーでのクラブ初の欧州制覇
その後:クラブの相談役的な存在として影響を与え続け、2016年に亡くなった
Transfermarktでは、1991年に心臓の手術で離れた期間(レシャックが暫定で指揮)をはさんで2つに分かれている。合計418試合・241勝は、どちらも歴代1位。
移行期|名将が入れ替わった世紀末(1996〜2003年)
👔 ボビー・ロブソン(1996–97)
成績:60試合 39勝12分9敗(勝率65.0%)
タイトル:コパ、カップウィナーズ杯、スーペルコパ
どんなサッカー:若き日のロナウドを擁した攻撃
象徴的な一戦:わずか1シーズンで、コパとカップウィナーズ杯を制した
その後:翌シーズンはクラブの技術スタッフに回った
勝率65.0%は、在任1年の監督のなかでは際立っている。
👔 ルイス・ファン・ハール(1997–2000/2002–03)
成績:200試合 112勝36分52敗(勝率56.0%)
タイトル:リーガ×2、コパ、UEFAスーパーカップ
どんなサッカー:組織と規律を重んじるオランダ式
象徴的な一戦:就任1年目にリーガとコパの2冠(39年ぶり)。翌年もリーガ連覇
その後:オランダ代表、AZ、バイエルン、マンチェスター・ユナイテッドなどを率いた
ロナウジーニョの時代|笑顔で勝ったバルサ(2003〜08年)
👔 フランク・ライカールト(2003–08)
成績:272試合 159勝63分50敗(勝率58.5%)
タイトル:リーガ×2、CL、スーペルコパ×2(計5)
どんなサッカー:ロナウジーニョを中心にした、楽しく攻めるサッカー。若きメッシが台頭
象徴的な一戦:2006年、パリでのチャンピオンズリーグ決勝。14年ぶりの欧州制覇
その後:ガラタサライ、サウジアラビア代表などを率いた
ペップの黄金期|史上最強と呼ばれた4年(2008〜12年)
👔 ジョゼップ・グアルディオラ(2008–12)
成績:247試合 179勝47分21敗(勝率72.5%)
タイトル:リーガ×3、CL×2、コパ×2ほか(計14)
どんなサッカー:徹底したポゼッションとボールを失った直後のプレス。メッシの「偽9番」
象徴的な一戦:2009年、ローマでのチャンピオンズリーグ決勝。この年に6冠
その後:バイエルン、マンチェスター・シティを率いた
4年間で19大会中14のタイトル。タイトル数は歴代1位。
グアルディオラの後は、右腕だったティト・ビラノバが2012-13に勝点100でリーガを制した。闘病しながら指揮を執り、2014年4月に45歳で亡くなっている。
MSNの時代|3人の前線で2度目の3冠(2014〜17年)
👔 ルイス・エンリケ(2014–17)
成績:181試合 138勝22分21敗(勝率76.2%)
タイトル:リーガ×2、コパ×3、CLほか(計9)
どんなサッカー:メッシ・ネイマール・スアレスの3トップ。奪ってから速く攻める形を足した
象徴的な一戦:2015年、ベルリンでのチャンピオンズリーグ決勝。2度目の3冠
その後:スペイン代表を経てパリ・サンジェルマンを率い、チャンピオンズリーグを制した
勝率76.2%は歴代2位。3シーズンで13大会中9のタイトル。
揺れた時代|勝ってもなお問われたもの(2017〜21年)
👔 エルネスト・バルベルデ(2017–20)
成績:145試合 97勝32分16敗(勝率66.9%)
タイトル:リーガ×2、コパ、スーペルコパ
どんなサッカー:守備の安定を重んじた現実的なチーム作り
象徴的な一戦:リーガ連覇(2018・2019)。一方でチャンピオンズリーグではローマ、リバプールに逆転負け
その後:アスレティック・クラブを率いた
勝率66.9%は、50試合以上の監督のなかで上位に入る。それでも首位のまま2020年1月に契約解除となった。
その後のキケ・セティエン(2020年、チャンピオンズリーグでバイエルンに2-8)、ロナルド・クーマン(2021年にコパ優勝、メッシ退団の時期)は、財政危機と主力の入れ替わりが重なった難しい時期を指揮した。
再建とフリック|若手と結果が両立した(2021年〜)
👔 シャビ・エルナンデス(2021–24)
成績:143試合 91勝23分29敗(勝率63.6%)
タイトル:リーガ(2023)、スーペルコパ
どんなサッカー:ポゼッションを土台に、ラ・マシアの若手を次々と起用
象徴的な一戦:2022-23のリーガ優勝
その後:—
ヤマル、クバルシ、フェルミンらを起用し、次の時代への土台を作った。
👔 ハンジ・フリック(2024–)
成績:125試合 96勝10分19敗(勝率76.8%)
タイトル:リーガ×2、コパ、スーペルコパ×2(計5)
どんなサッカー:高い最終ラインと縦に速い攻撃。ヤマルら若い選手を軸にしたチーム
象徴的な一戦:就任1年目(2024-25)に国内3冠。2年目もリーガ優勝
その後:在任中
今季も開幕から公式戦8連勝(クラブ史上初)、リーガのホーム戦で22連勝中(2026年10月6日時点の記事による)。
監督ごとの布陣とスタメンは、シーズン別のフォーメーション図鑑で見られる。


数字で見るおもしろ記録
何度も帰ってきた監督
- カルレス・レシャック:4回(1988/1991/1996/2001–02)。うち3回は監督が不在になったときの暫定
- エレニオ・エレーラ:3回(1958–60/1980/1980–81)
- リヌス・ミケルス、ルイス・ファン・ハール、ラディスラオ・クバラ、フランツ・プラトコ、ジャック・グリーンウェル、ジャック・ドンビー、イェサ・ポショニー:各2回
選手としてもバルサにいた監督
クラブのOBが監督になる例は多い。なかでも、ヨハン・クライフ、ジョゼップ・グアルディオラ、ルイス・エンリケ、ロナルド・クーマン、シャビ・エルナンデスは、選手としてもバルサで主力だった。古くはジョゼップ・サミティエール、ラディスラオ・クバラも、選手として伝説を残してから監督になっている。
グアルディオラ、ルイス・エンリケ、クーマンはクライフ監督時代の選手。クライフの教え子たちが監督になって、タイトルを持ち帰っている。
在任1年に届かなかった主な監督
リュビシャ・ブロチッチ(23試合)、エンリケ・オリサオラ(25試合)、リュイス・ミロ(15試合)、ヘネス・ヴァイスヴァイラー(40試合)、リュシアン・ミュラー(35試合)、リョレンス・セラ・フェレール(51試合)、ラドミル・アンティッチ(24試合)、キケ・セティエン(25試合)などは、1シーズンを待たずにチームを離れた。なかでもヘネス・ヴァイスヴァイラーは、西ドイツで実績のある名将だったが、クライフとの関係がうまくいかず1年で退任している。
クラシコでどの監督が強かったのかは、クラシコの通算成績の記事で触れている。


全61人の成績表
クラブ公式の歴代監督一覧に並ぶ61人を、就任の古い順に並べた。成績は公式戦。
| # | 監督 | 在任 | 試合 | 勝-分-敗 | 勝率 | 主なタイトル |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | ビリー・ランブ | 1912 | — | — | — | コパ(1912)、ピレネー選手権 |
| 2 | マイルズ・バロン | 1912 | — | — | — | — |
| 3 | ジャック・オルダーソン | 1913 | — | — | — | — |
| 4 | ジャック・グリーンウェル | 1913–23/1931–33 | — | — | — | — ※クラブ初の長期政権 |
| 5 | イェサ・ポショニー | 1923/1924 | — | — | — | — |
| 6 | ウィリアム・アルフレッド・スパウンサー | 1923–24 | — | — | — | カタルーニャ選手権 |
| 7 | ラルフ・カービー | 1925–26 | — | — | — | カタルーニャ選手権、コパ(1926) |
| 8 | ジャック・ドンビー | 1926–27/1933–34 | — | — | — | — |
| 9 | ロマ・フォルンス | 1927–29 | — | — | — | リーガ(1929) |
| 10 | ジェームズ・ベラミー | 1929–31 | — | — | — | リーガ(1929)、カタルーニャ選手権×2 |
| 11 | フランツ・プラトコ | 1934–35/1955–56 | 35 | 24-5-6 | 68.6% | カタルーニャ選手権(1935) ※成績は1955-56のみ |
| 12 | パトリック・オコネル | 1935–37 | — | — | — | — |
| 13 | ジョゼップ・プラナス | 1939–41 | — | — | — | — |
| 14 | ラモン・グスマン | 1941–42 | 15 | 4-2-9 | 26.7% | — |
| 15 | ジョアン・ジョゼップ・ノゲス | 1942–44 | 83 | 45-15-23 | 54.2% | コパ(1942) |
| 16 | ジョゼップ・サミティエール | 1944–47 | 88 | 50-16-22 | 56.8% | リーガ(1945) |
| 17 | エンリケ・フェルナンデス | 1947–50 | 79 | 44-15-20 | 55.7% | リーガ×2、ラテンカップ |
| 18 | ラモン・ジョレンス | 1950 | 11 | 6-2-3 | 54.5% | — |
| 19 | フェルディナント・ダウチク | 1950–54 | 149 | 89-19-41 | 59.7% | リーガ×2、コパ×3、ラテンカップ、エバ・ドゥアルテ杯×2 |
| 20 | サンドロ・プッポ | 1954–55 | 34 | 18-9-7 | 52.9% | — |
| 21 | ドメネク・バルマニャ | 1956–58 | 69 | 40-13-16 | 58.0% | コパ(1957)、フェアーズカップ(1958) |
| 22 | エレニオ・エレーラ | 1958–60/1980/1980–81 | 143 | 101-20-22 | 70.6% | リーガ×2、コパ(1959) ※3期の合計 |
| 23 | エンリク・ラバッサ | 1960 | 6 | 5-0-1 | 83.3% | フェアーズカップ(1960) ※暫定 |
| 24 | リュビシャ・ブロチッチ | 1960–61 | 23 | 12-7-4 | 52.2% | — |
| 25 | エンリケ・オリサオラ | 1961 | 25 | 10-3-12 | 40.0% | —(欧州チャンピオンズカップ準優勝) |
| 26 | リュイス・ミロ | 1961 | 15 | 8-1-6 | 53.3% | — |
| 27 | ラディスラオ・クバラ | 1961–63/1980 | 65 | 35-11-19 | 53.8% | — ※2期の合計 |
| 28 | ジョゼップ・ゴンサルボ | 1963 | 26 | 11-7-8 | 42.3% | コパ(1963) |
| 29 | セサル・ロドリゲス | 1963–64 | 50 | 30-6-14 | 60.0% | — |
| 30 | ビセンス・サソット | 1964–65 | 36 | 16-8-12 | 44.4% | — |
| 31 | ロヘ・オルセン | 1965–67 | 88 | 51-11-26 | 58.0% | フェアーズカップ(1966) |
| 32 | サルバドール・アルティガス | 1967–69 | 87 | 44-24-19 | 50.6% | コパ(1968) |
| 33 | ジョゼップ・セゲール | 1969–70 | 13 | 6-2-5 | 46.2% | — ※暫定 |
| 34 | ヴィック・バッキンガム | 1970–71 | 64 | 34-14-16 | 53.1% | コパ(1971) |
| 35 | リヌス・ミケルス | 1971–75/1976–78 | 267 | 136-67-64 | 50.9% | リーガ(1974)、コパ(1978) ※2期の合計 |
| 36 | ヘネス・ヴァイスヴァイラー | 1975–76 | 40 | 22-6-12 | 55.0% | — |
| 37 | ラウレアーノ・ルイス | 1976 | 10 | 4-4-2 | 40.0% | — ※暫定 |
| 38 | リュシアン・ミュラー | 1978–79 | 35 | 18-4-13 | 51.4% | — |
| 39 | ジョアキム・リフェ | 1979–80 | 41 | 17-12-12 | 41.5% | カップウィナーズ杯(1979) |
| 40 | ウド・ラテック | 1981–83 | 80 | 43-20-17 | 53.8% | カップウィナーズ杯(1982) |
| 41 | ホセ・ルイス・ロメロ | 1983 | 1 | 0-1-0 | 0.0% | — ※暫定 |
| 42 | セサル・ルイス・メノッティ | 1983–84 | 70 | 41-12-17 | 58.6% | コパ(1983)、スーペルコパ(1983) |
| 43 | テリー・ベナブルス | 1984–87 | 173 | 91-45-37 | 52.6% | リーガ(1985)、リーグカップ(1986) |
| 44 | ルイス・アラゴネス | 1987–88 | 47 | 22-12-13 | 46.8% | コパ(1988) |
| 45 | ヨハン・クライフ | 1988–96 | 418 | 241-94-83 | 57.7% | リーガ×4、欧州チャンピオンズカップ、カップウィナーズ杯ほか(計11) ※2期に分けて記録 |
| 46 | ボビー・ロブソン | 1996–97 | 60 | 39-12-9 | 65.0% | コパ、カップウィナーズ杯、スーペルコパ |
| 47 | ルイス・ファン・ハール | 1997–2000/2002–03 | 200 | 112-36-52 | 56.0% | リーガ×2、コパ、UEFAスーパーカップ ※2期の合計 |
| 48 | リョレンス・セラ・フェレール | 2000–01 | 51 | 25-14-12 | 49.0% | — |
| 49 | カルレス・レシャック | 1988/1991/1996/2001–02 | 76 | 37-21-18 | 48.7% | — ※暫定を含む合計 |
| 50 | ヘスス・アントニオ・デ・ラ・クルス | 2003 | 1 | 0-0-1 | 0.0% | — ※暫定 |
| 51 | ラドミル・アンティッチ | 2003 | 24 | 12-8-4 | 50.0% | — |
| 52 | フランク・ライカールト | 2003–08 | 272 | 159-63-50 | 58.5% | リーガ×2、CL、スーペルコパ×2(計5) |
| 53 | ジョゼップ・グアルディオラ | 2008–12 | 247 | 179-47-21 | 72.5% | リーガ×3、CL×2、コパ×2ほか(計14) |
| 54 | ティト・ビラノバ | 2012–13 | 44 | 33-6-5 | 75.0% | リーガ(勝点100) |
| 55 | ヘラルド・マルティーノ | 2013–14 | 59 | 40-11-8 | 67.8% | スーペルコパ(2013) |
| 56 | ルイス・エンリケ | 2014–17 | 181 | 138-22-21 | 76.2% | リーガ×2、コパ×3、CLほか(計9) |
| 57 | エルネスト・バルベルデ | 2017–20 | 145 | 97-32-16 | 66.9% | リーガ×2、コパ、スーペルコパ |
| 58 | キケ・セティエン | 2020 | 25 | 16-4-5 | 64.0% | — |
| 59 | ロナルド・クーマン | 2020–21 | 67 | 40-11-16 | 59.7% | コパ(2021) |
| 60 | シャビ・エルナンデス | 2021–24 | 143 | 91-23-29 | 63.6% | リーガ(2023)、スーペルコパ |
| 61 | ハンジ・フリック | 2024– | 125 | 96-10-19 | 76.8% | リーガ×2、コパ、スーペルコパ×2(計5) ※在任中 |
※成績はTransfermarktの指揮記録(2026年10月6日取得)。1941年より前の監督は試合ごとの記録が無いため「—」。プラトコは2期目(1955-56)のみ。暫定監督のジョルディ・ロウラ(2013年)とセルジ・バルフアン(2021年)は、クラブ公式の一覧に含まれないため表に入れていません。ラウレアーノ・ルイスの試合数はクラブ公式の紹介(14試合)とTransfermarkt(10試合)で異なります。
1899年にクラブを創設したジョアン・ガンペールは、監督ではなく会長としてクラブを率いた(1908〜25年に5期)。そのため、クラブ公式の歴代監督一覧は1912年のビリー・ランブから始まっている。
フリックは、歴代のどこにいるのか
2026年10月6日時点で、フリックは勝率76.8%で歴代1位、タイトル数5で5位タイ、勝利数96で9位。勝率とタイトルは「短い期間でどれだけ勝ったか」、勝利数は「どれだけ長く続けたか」を表す。フリックは前者ではすでに歴代の名将と並び、後者はこれから積み上げていく段階にある。
今季は開幕からの連勝と、リーガのホーム戦の連勝が続いている。どこまで伸びるかは、こちらで随時更新している。




全盛期と呼ばれた3つの時代のスタメンは、こちらで並べている。


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出典:FCバルセロナ公式「Coaches」(顔ぶれ・在任・経歴)、Transfermarkt(公式戦の成績・2026年10月6日取得)。
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