バルサの背番号23には、サッカー以外の世界から持ち込まれた意味がある。
マイケル・ジョーダン。バスケットボール史上最高の選手が着けた番号だ。バルサの23番を背負ったフランス人センターバック2人——サミュエル・ウンティティとジュール・クンデは、どちらもこの番号をジョーダンにちなんで選んでいる。
「なぜサッカーの記事にバスケの話が?」と思われるかもしれない。だがジョーダンの23番は、競技の枠を超えてスポーツ界全体で共有されている特別な番号なのだ。
サッカー界でこれを決定的にしたのがデビッド・ベッカムである。2003年にレアル・マドリードへ移籍した際、本来の7番はラウールのものだった。そこで彼が選んだのが23番で、理由としてジョーダンへの憧れを挙げている。「サッカー選手が23番を選ぶ=ジョーダン」という図式は、ここから広く知られるようになった。
しかも面白いことに、その番号は2022年の夏、ウンティティからクンデへ直接受け渡された。意味ごと引き継がれたのだ。
そもそもバルサにとって「23番」とは?
背番号23は、12番以降の「控え番号」帯に属する。バルサの23番には時代によって2つの顔があった。
前半はラ・マシア/Bチームから上がってきた若手の番号。イバン・デ・ラ・ペーニャ、チアゴ・モッタ、イサク・クエンカがこれにあたる。
だが2004年のオレゲール以降、はっきりとディフェンダーの番号になった。オレゲール(右SB/CB)→フェルマーレン(CB)→ウンティティ(CB)→クンデ(CB/右SB)と、20年以上センターバック系が連続している。
※ラ・リーガで固定背番号制が導入されたのは1995-96シーズンから。それ以前は先発11人が1〜11番を着ける方式で、そもそも12番以降が存在しませんでした。したがって23番に「固定制以前の歴代着用者」は存在しません。
バルサ歴代23番 一覧
固定番号制以降、23番を背負ってきた顔ぶれがこちら。
| 着用時期 | 選手名 | 国籍 | ポジション | 備考 |
|---|---|---|---|---|
| 1995-96〜1997-98 | イバン・デ・ラ・ペーニャ | スペイン | 攻撃的MF | 23番の初代。クライフがBチーム時代に与えた番号 |
| 1998-99〜2000-01 | ボウデワイン・ゼンデン | オランダ | 左ウイング | 3シーズン。1998-99のリーガ優勝 |
| 2001-02 | フランチェスコ・コーコ | イタリア | 左SB | ミランからのレンタル |
| 2002-03 | (空位) | — | — | 登録者なし |
| 2003-04 | チアゴ・モッタ | ブラジル/のちイタリア代表 | 守備的MF | 前季までは31番・28番 |
| 2004-05〜2007-08 | オレゲール・プレサス | スペイン | 右SB/CB | 2005-06のCL制覇に貢献 |
| 2008-09〜2010-11 | (空位) | — | — | 三冠シーズンを含む3年間 |
| 2011-12〜2013-14 | イサク・クエンカ | スペイン | ウイング | ラ・マシア育ち。2012-13はレンタル |
| 2014-15〜2015-16 | トーマス・フェルマーレン | ベルギー | CB | 三冠の年はほぼ全休。のち24番へ |
| 2016-17〜2021-22 | サミュエル・ウンティティ | フランス | CB | ジョーダン由来。2018年W杯優勝 |
| 2022-23〜現在 | ジュール・クンデ | フランス | CB/右SB | ウンティティから直接継承 |
※記録は各シーズンの登録スカッドで確認(2026年8月時点)。
バルカ23番って、途中でスパッと性格が変わってるんだよね。前半は若手の番号、オレゲール以降はずっとディフェンダー。こんなにきれいに切り替わる番号も珍しい。
イバン・デ・ラ・ペーニャ(1995〜1998):クライフが与えた番号
スペイン/攻撃的MF
23番の初代。愛称は「小さな仏陀」
23番の初代はイバン・デ・ラ・ペーニャ。固定番号制が始まった1995-96から3シーズン、この番号を着けた。
坊主頭から「エル・ペケ(小さいの)」「小さな仏陀」と呼ばれたラ・マシア育ちの攻撃的ミッドフィルダーである。
この23番には由来がある。ヨハン・クライフがBチーム時代の彼に与えた番号で、トップチームに上がってからもそのまま背負い続けたのだ。「カンテラの象徴」がこの番号で始まったことは、のちの23番の性格を考えるうえで見逃せない。
1998年にラツィオへ移籍。のちにエスパニョールでキャリアを重ねることになる。ラ・マシアの物語はこちらで。


ゼンデン、コーコ、モッタ(1998〜2004):転々とした6年
デ・ラ・ペーニャのあと、23番はしばらく落ち着かない時期に入る。
ボウデワイン・ゼンデン(1998-99〜2000-01)はファン・ハール体制の「オランダ人集団」の一人で、左ウイングとして3シーズン着用。1998-99のリーガ優勝を経験している。
続くフランチェスコ・コーコ(2001-02)はミランからレンタルで加入したイタリア代表の左サイドバック。在籍は1シーズンだけだった。
そして2002-03は誰も23番を着けていない。
チアゴ・モッタの「31→28→23」
チアゴ・モッタが23番を着けたのは2003-04シーズンだ。
バルサBから昇格した彼は、2001-02は28番、2002-03は31番と、下部組織枠の番号を着けていた。2003-04にようやく23番——つまりトップチームの一員として認められた証だった。
のちにイタリア代表としてインテルやPSGで活躍し、現在は監督として知られる選手だが、そのキャリアの出発点はバルサの23番だったのである。
オレゲール・プレサス(2004〜2008):23番をディフェンダーの番号にした男
スペイン(カタルーニャ)/右SB・CB
2005-06のCL制覇メンバー
23番の性格を決定的に変えたのがオレゲール・プレサスだ。
カタルーニャ出身で、右サイドバックとセンターバックをこなす守備者。2004-05から2007-08まで4シーズン、23番を背負った。
この期間はバルサの復活期と完全に重なる。2004-05・2005-06のリーガ連覇、そして2005-06のチャンピオンズリーグ制覇——ロナウジーニョとエトーが輝いたあのチームで、彼は守備のローテーションを支えていた。
2005-06のCL優勝メンバーに23番がいたという事実は、意外と知られていない。彼以降、23番は明確に「ディフェンダーの番号」になっていく。



オレゲールは経済学を学んで社会問題にも発言する、ちょっと異色のカタルーニャ人。ピッチの外でも語れる選手が23番だったのは、なんだか象徴的だね。
空位の3シーズン(2008〜2011):三冠を素通りした23番
オレゲールが2008年にアヤックスへ移ると、23番は3シーズン連続で空位になった。
この3年がどんな時期だったかは説明するまでもない。2008-09の史上初の三冠、そして2010-11のチャンピオンズリーグ制覇。ペップ・グアルディオラのバルサが世界を席巻した、クラブ史上最良の時間である。
その全部を、23番は空席のまま通り過ぎた。19番が三冠2回とも空位だったのと同じ構図だ。19番の物語はこちらで。


イサク・クエンカとフェルマーレン(2011〜2016)
23番に3年ぶりの主が現れたのは2011-12。ラ・マシア育ちのウイングイサク・クエンカだった。
鋭いドリブルで一時は将来を嘱望されたが、負傷とアヤックスへのレンタルに阻まれ、定着できないまま終わっている。
フェルマーレンの「実感のない三冠」
ベルギー代表/センターバック
三冠の年は最終節のみ出場
2014年、アーセナルからトーマス・フェルマーレンが加入し、23番を受け取った。
ところが、この移籍は不運としか言いようがない。加入初年度の2014-15は、バルサがクラブ史上2度目の三冠を達成したシーズンである。だがフェルマーレンは負傷でシーズンのほとんどを棒に振り、出場は最終節のデポルティボ戦のみだった。
本人ものちに、メダルは受け取ったが三冠を勝ち取った実感はないという趣旨のことを語っている。18番のミリートが三冠を丸ごと外から見たのと、よく似た話だ。18番の物語はこちらで。


なお彼はローマへのレンタルを経て復帰したあと、2017-18からは24番へ移っている。
サミュエル・ウンティティ(2016〜2022):栄光と転落
フランス代表/センターバック
2018年W杯優勝。134試合7冠
23番の物語が大きく動くのがサミュエル・ウンティティからだ。
2016年7月、ルイス・エンリケ体制の守備補強としてオリンピック・リヨンから加入。移籍金は固定額2,500万ユーロ、バイアウト条項は6,000万ユーロに設定された。
なぜ23番なのか——ジョーダンへのオマージュ
彼が23番を選んだ理由は明確だ。本人がスペイン紙Sportのインタビューで、「23番はNBAの象徴マイケル・ジョーダンにちなんでいる」と明言している。
しかもこれはバルサで急に決めたことではない。リヨン時代の2011年から23番を着け続けていた。サッカー選手が、バスケットボールの伝説から番号を借りてきたのである。
2018年、世界の頂点へ
加入から2シーズンはいずれも40試合以上に出場し、ピケの相棒として完全に定着した。そして2018年ロシアワールドカップ——フランス代表として優勝を果たし、準決勝ベルギー戦では決勝ゴールまで決めている。
バルサでの通算は公式戦134試合。リーガ2回(2017-18、2018-19)、コパ・デル・レイ3回ほか計7冠を獲得し、フランス人選手としてバルサ史上5番目に多い出場数を記録した。
そして膝が壊れた
だがここから、坂を転げ落ちるように状況が変わる。慢性的な膝の故障で出場機会が激減。2021-22シーズン途中にはイタリアのレッチェへレンタル移籍した。
契約満了後はリールへ移ったが、膝の問題は最後まで解決しなかった。2025年、31歳で現役引退。ワールドカップ優勝から、わずか7年後のことだった。



ウンティティの話はきついよ。24歳でW杯優勝して、31歳で引退。あの頃のピケとのコンビ、ほんとに良かったんだけどね。
ジュール・クンデ(2022〜):意味ごと受け継いだ23番
フランス代表/CB・右SB
ウンティティから23番を直接継承
現在の23番がジュール・クンデだ。
2022年夏、セビージャから加入。移籍金は約5,000万ユーロで、バイアウト条項はバルサ公式で10億ユーロに設定された。
番号の受け渡し
ここが23番の歴史で最も美しい部分である。
加入発表の時点で、クンデの背番号はまだ決まっていなかった。当時23番は退団交渉中だったウンティティのものだったからだ。そして2人が合意し、23番はクンデへ渡された。
クンデもセビージャ時代(2019〜2022)からずっと23番を着けており、報道ではその理由もマイケル・ジョーダンへの憧れだとされている。
つまりジョーダン由来の23番が、フランス人センターバックからフランス人センターバックへ、意味ごと引き継がれたのだ。番号の継承としては、バルサ史でもかなり珍しいケースである。
※ウンティティについては本人がSport紙で明言していますが、クンデ本人が「ジョーダンにちなんで選んだ」と直接語った発言は確認できませんでした。報道ベースの説明として記載しています。
116分の決勝弾
クンデは本来センターバックだが、バルサでは右サイドバックとしての起用が増え、内側に絞る「インバーテッド」な動きでも機能している。
その彼が23番のキャリアで最も輝いたのが、2024-25シーズンのコパ・デル・レイ決勝、対レアル・マドリードだ。
試合はペドリの28分の先制点に対し、ムバッペが70分、チュアメニが77分と逆転される展開。しかしフェラン・トーレスが84分に追いつき、勝負は延長へ。
そして延長116分。モドリッチのショートパスに背を向けたブラヒム・ディアスの隙を突いてクンデがインターセプト。そのままドリブルで持ち上がり、ペナルティエリア外から右足で左隅へ低いシュートを突き刺した。
3-2。バルサにとって32回目、記録を更新する国王杯制覇であり、ハンジ・フリック政権初のタイトルとなった一撃だった。



あのゴール、本職センターバックの選手が決めたんだよ。しかもクラシコの決勝で延長116分。23番の歴史で一番おいしい瞬間だと思う。
クンデは23番で2022-23と2024-25のリーガ制覇にも貢献。契約は2030年まで結ばれている。クラシコの通算成績はこちらで。


📊 分析:バルサの23番はどんな番号か
①2004年を境に、性格がはっきり変わった
23番ほど途中で色が変わった番号も珍しい。
| 時期 | 性格 | 該当選手 |
|---|---|---|
| 1995〜2004 | 若手・カンテラの番号 | デ・ラ・ペーニャ、モッタ(ゼンデン・コーコは例外) |
| 2004〜現在 | ディフェンダーの番号 | オレゲール、フェルマーレン、ウンティティ、クンデ |
オレゲール以降、20年以上にわたって守備者が着け続けている。クエンカだけが例外だが、彼も定着はしなかった。いまや23番は「センターバックの番号」と言い切っていい。
②フランス人センターバックが2代続いている
ウンティティ(2016〜2022)とクンデ(2022〜)で10年連続、フランス人センターバックが23番を着けていることになる。
しかも2人ともマイケル・ジョーダンにちなんだ番号で、直接受け渡している。番号の意味がここまできれいに継承された例は、シリーズ全体でも22番のアビダル→アウベスくらいだろう。22番の物語はこちらで。


③黄金期との相性は悪い
23番と主要タイトルの関係を並べると、少し切ない。
| シーズン | 達成 | そのときの23番 | 貢献 |
|---|---|---|---|
| 2005-06 | CL制覇 | オレゲール | ローテーションとして貢献 |
| 2008-09 | 史上初の三冠 | 空位 | — |
| 2010-11 | CL制覇 | 空位 | — |
| 2014-15 | 2度目の三冠 | フェルマーレン | 最終節のみ出場 |
三冠2回のうち、1回は空位、もう1回はほぼ全休。ペップ期のバルサが最も強かった時間に、23番は不在だった。
通信簿:ここ10年で最も「格が上がった」番号
23番の前半は、正直に言えば散漫だ。空位が4シーズン、1年で去った選手も複数いる。
だがウンティティとクンデの10年で、23番はバルサの最終ラインを担う番号になった。ジョーダンという明確な由来を持ち、フランス代表のセンターバックが背負い、コパ決勝の決勝弾まで生まれた。シリーズのなかで、ここ10年で最も格を上げた番号と言っていい。
💡 23番の意外な事実
1. 初代の23番はクライフが与えた
デ・ラ・ペーニャの23番は、Bチーム時代にヨハン・クライフが与えた番号。トップ昇格後もそのまま着け続けた。
2. ジョーダン番号が2代続いている
ウンティティは本人が明言、クンデも報道ベースでマイケル・ジョーダン由来。しかも2人は直接この番号を受け渡している。
3. チアゴ・モッタは3つの番号を着けた
バルサでのモッタは28番(2001-02)→31番(2002-03)→23番(2003-04)。下部組織枠から一歩ずつ上がっていった証である。
4. ペップ期の栄光を、23番は見ていない
2008-09の三冠と2010-11のCL制覇を含む3シーズン、23番は空位だった。
5. フェルマーレンの「実感のない三冠」
2014-15の三冠シーズン、23番のフェルマーレンは最終節のみの出場。メダルは手にしたが、勝ち取った実感はないと語っている。
❓ よくある質問
Q. 現在のバルサの23番は誰?
A. ジュール・クンデ(フランス代表/センターバック・右サイドバック)。2022年にセビージャから加入し、2026-27シーズンの公式スカッドでも23番。契約は2030年までだ。
Q. なぜバルサの23番はジョーダンと関係があるの?
A. サミュエル・ウンティティが、NBAの象徴マイケル・ジョーダンにちなんで23番を選んだから。彼はリヨン時代の2011年からこの番号を着けていた。後継のクンデもセビージャ時代から23番で、報道では同じくジョーダン由来とされている。ジョーダンの23番は競技を超えて憧れられており、サッカーではベッカムがレアル・マドリードで着けたことでも知られる。
Q. ウンティティからクンデへは、どうやって番号が渡ったの?
A. 2022年夏、クンデの加入発表時点では番号が未定だった。当時23番は退団交渉中のウンティティのもので、2人が合意して譲り渡された。ジョーダン由来という意味ごと引き継がれた形だ。
Q. 23番で最も印象的な瞬間は?
A. 2024-25シーズンのコパ・デル・レイ決勝(対レアル・マドリード)、延長116分のクンデの決勝弾。3-2でバルサが勝ち、32回目という記録更新の国王杯制覇、そしてフリック政権初のタイトルとなった。
Q. 23番が空位だったシーズンは?
A. 2002-03、そして2008-09〜2010-11の3シーズン、計4シーズン。とくに後者は史上初の三冠(2008-09)と2010-11のCL制覇を含む期間で、バルサ最強の時代に23番は不在だった。
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三冠2回とも空位だった19番、空位が一度もない20番もどうぞ。




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現在のチームの背番号やスタッツは、選手名鑑でチェック。


クライフが若きデ・ラ・ペーニャに与え、オレゲールが守備者の番号に変え、ウンティティとクンデがジョーダンの意味を持ち込んだ。23番はバルサ最強の時代を空席で通り過ぎたが、ここ10年で最も格を上げた番号だ。116分のあのシュートを見れば、それは疑いようがない。
Visca el Barça!Vamos Blaugrana!!






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