2009年、FCバルセロナは1年間で6つのタイトルを獲った。
リーガ、コパ・デル・レイ、チャンピオンズリーグ、スーペルコパ・デ・エスパーニャ、UEFAスーパーカップ、クラブワールドカップ。ひとつの暦年で「獲れるものを全部獲った」チームは、サッカーの歴史でこれが初めてだった。
この記事では、6つのタイトルすべてを、日付・対戦相手・スコア・得点者までまとめる。ペップ・グアルディオラの1年目に何が起きていたのかを、数字で残しておきたい。
バルカあの1年は本当におかしかった。年末のクラブW杯決勝を見終わったとき、「今年これで6個目か…」って自分で数え直したもん。勝つのが日常になってて、感覚が麻痺してたんだよね。
まず整理:「三冠」と「6冠」は別の話
ここを混同しやすいので、先に整理しておく。
| 呼び方 | 対象 | 内容 |
|---|---|---|
| 三冠(トレブレ) | 2008-09シーズン | リーガ/コパ・デル・レイ/チャンピオンズリーグ |
| 6冠(セステュプレ) | 2009年の暦年 | 上の3つ+スーペルコパ/UEFAスーパーカップ/クラブW杯 |
つまり2008-09シーズン単体では三冠が正確で、残る3つは2009-10シーズンの序盤に獲ったものだ。「2009年という1年で6つ」——これが6冠の正しい意味である。
6つのタイトル:全記録
獲得順に並べる。
① コパ・デル・レイ(2009年5月13日)
会場:メスタージャ(バレンシア)/対戦相手:アスレティック・ビルバオ/スコア:4-1
先に失点する展開だった。8分にトケーロに決められたが、そこからヤヤ・トゥーレ(32分)、メッシ(55分)、ボージャン(57分)、シャビ(64分)と4連続で突き放した。この年最初のタイトルである。
② ラ・リーガ(2008-09シーズン)
最終成績は38試合で27勝6分5敗、勝点87。得点105、失点35。2位レアル・マドリードに9ポイント差をつけての優勝だった。
105ゴールという数字が、このチームの攻撃力を端的に表している。クラシコの通算記録はこちらで。


③ チャンピオンズリーグ(2009年5月27日)
会場:スタディオ・オリンピコ(ローマ)/対戦相手:マンチェスター・ユナイテッド/スコア:2-0
得点はエトー(10分)とメッシ(70分)。とくにメッシのヘディングは、170センチ台の選手が中央で高々と跳んで決めたもので、いまも語り継がれる。
この勝利でスペインのクラブとして初めての三冠が完成した。
④ スーペルコパ・デ・エスパーニャ(2009年8月16日・23日)
対戦相手:アスレティック・ビルバオ/2戦合計:5-1
第1戦(サン・マメス)は1-2。シャビ(58分)とペドロ(68分)が決めた。第2戦(カンプ・ノウ)は3-0で、メッシが2ゴール(49分、67分=PK)、ボージャン(72分)が加点している。
⑤ UEFAスーパーカップ(2009年8月28日)
会場:スタッド・ルイ・ドゥ(モナコ)/対戦相手:シャフタール・ドネツク/スコア:1-0(延長)
90分では決着がつかず、延長へ。決勝点は115分のペドロだった。
⑥ FIFAクラブワールドカップ(2009年12月19日)
会場:ザイード・スポーツシティ・スタジアム(アブダビ)/対戦相手:エストゥディアンテス/スコア:2-1(延長)
37分にボセリに先制され、追う展開。89分にペドロが同点に追いつき、延長110分にメッシが決勝点を決めた。
この試合の勝利で、6冠が完成した。



クラブW杯決勝、89分まで負けてたんだよ。あそこでペドロが追いつかなかったら「5冠」で終わってた。歴史って本当に紙一重だと思う。
6冠 一覧表
| # | タイトル | 決着した日 | 相手 | スコア |
|---|---|---|---|---|
| ① | コパ・デル・レイ | 2009年5月13日 | アスレティック・ビルバオ | 4-1 |
| ② | ラ・リーガ | 2008-09シーズン | — | 勝点87(2位に9差) |
| ③ | チャンピオンズリーグ | 2009年5月27日 | マンチェスター・ユナイテッド | 2-0 |
| ④ | スーペルコパ・デ・エスパーニャ | 2009年8月23日 | アスレティック・ビルバオ | 2戦合計5-1 |
| ⑤ | UEFAスーパーカップ | 2009年8月28日 | シャフタール・ドネツク | 1-0(延長) |
| ⑥ | FIFAクラブワールドカップ | 2009年12月19日 | エストゥディアンテス | 2-1(延長) |
💡 ペドロが打ち立てた、もうひとつの記録
6冠の陰に、静かだがとんでもない記録がある。
ペドロは、この6つの大会すべてでゴールを決めた。史上初めて1シーズン・1年のうちに6つの異なるクラブ大会で得点した選手である。
スーペルコパで決め、UEFAスーパーカップでは延長115分の決勝弾、クラブW杯では89分の同点弾。チームが最も苦しい場面で、いつも彼が出てきた。
当時のペドロはカンテラから上がってきたばかりの若手で、背番号は17。17番の物語はこちらで。


6冠を戦ったメンバー
三冠を達成した2008-09シーズンの主力の数字を並べる(全公式戦)。
| 選手 | ポジション | 出場 | ゴール |
|---|---|---|---|
| リオネル・メッシ | FW | 51試合 | 38ゴール |
| サミュエル・エトー | FW | 52試合 | 36ゴール |
| ティエリ・アンリ | FW | 42試合 | 26ゴール |
| シャビ・エルナンデス | MF | 54試合 | 10ゴール |
| ダニ・アウベス | DF | 54試合 | 5ゴール |
| ボージャン・クルキッチ | FW | 42試合 | 10ゴール |
| アンドレス・イニエスタ | MF | 43試合 | 5ゴール |
| ヤヤ・トゥーレ | MF | 43試合 | 3ゴール |
| セルヒオ・ブスケツ | MF | 41試合 | 3ゴール |
| カルレス・プジョル | DF | 45試合 | 1ゴール |
| ジェラール・ピケ | DF | 45試合 | 3ゴール |
| ビクトル・バルデス | GK | 49試合 | — |
メッシ38・エトー36・アンリ26——この3人だけで100ゴールを積み上げている。前線の破壊力は異常だった。
一方で最も多く出たのはシャビとアウベスの54試合。派手な数字ではないが、この2人が全戦線を支えていたことが分かる。各選手の背番号はこちらで。


※数字は2008-09シーズンの全公式戦。集計基準により資料間で差が出る場合があります。
なぜ達成できたのか
ペップの1年目だった
見落とされがちだが、2008-09はペップ・グアルディオラの監督1年目である。それも、トップチームでの監督経験はゼロ。前年はバルサBを率いていた。
就任時、彼はロナウジーニョとデコを放出するという大胆な判断を下している。歴代監督の系譜はこちらで。


ボールを持ち続ける、という戦術
ペップのバルサを支えたのが、短いパスを連続させてボールを保持し続けるスタイルだ。ボールを持っている限り相手は攻められない——シンプルだが、実行できるチームは他になかった。
さらに、本職のセンターフォワードを置かず、メッシを中央に下がらせる「偽9番」という配置が生まれたのもこの時期である。歴代フォーメーションの変遷はこちらで。


カンテラ出身者の比率
もうひとつの特徴が、下部組織ラ・マシア出身者の多さだ。バルデス、プジョル、シャビ、イニエスタ、ブスケツ、メッシ、ペドロ、ボージャン——主力の多くが同じ育成組織で育った。
同じ場所で同じサッカーを教わった選手が中心にいたことが、あの連動性を生んだ一因だと語られる。
史上最強なのか
この2009年のバルサは、「サッカー史上最強のチームのひとつ」として議論の対象になり続けている。
ただし「最強」を客観的に決める方法はない。時代も、ルールも、対戦相手のレベルも違う。1970年代のアヤックス、1990年代のミラン、その後のレアル・マドリードなど、比較対象は挙げればきりがない。
確実に言えるのは記録のほうだ。1つの暦年で6つの主要タイトルを獲ったクラブは、このバルサが史上初だった。評価は分かれても、この事実は動かない。
クラブが積み上げてきたタイトルの全体像はこちらで。


まとめ
- 三冠=2008-09シーズン(リーガ・コパ・CL)、6冠=2009年の暦年
- 6つ目は2009年12月19日のクラブW杯決勝(対エストゥディアンテス、2-1・延長)
- ペドロは6大会すべてで得点——史上初の記録
- メッシ38・エトー36・アンリ26で、前線3人だけで100ゴール
- 達成したのはペップ・グアルディオラの監督1年目
負けている試合を、89分に追いついてひっくり返す。その積み重ねの先に、6つのトロフィーがあった。
これから先、同じことをするチームが現れるかどうかは分からない。だが2009年に、それが一度だけ起きたことは記録に残っている。
現在のチームの背番号やスタッツは、選手名鑑でチェック。


Visca el Barça!Vamos Blaugrana!!










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